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佐賀地方裁判所 昭和60年(行ウ)3号 判決

原告 大島三郎

被告 神埼町議会

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年一二月一四日になした原告を同日から同六〇年一月一二日までの間出席停止処分にする旨の議決は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

主文同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告議会の議員であり議長でもある。

2  被告は、原告が昭和五九年一〇月八日の全員協議会において被告議会の議長の辞表を提出すると約束しておきながら同月二九日の臨時議会では議長を辞める意思はないと前言を翻して被告議会の全議員をだましたとの理由で、同年一二月一四日、原告を同日から翌六〇年一月一二日までの間出席停止処分にする旨の懲罰の議決(以下「本件出席停止処分」という。)をした。

3  しかしながら、本件出席停止処分は、次に述べる理由により違法性が著しく強いから無効である。

(一) 議長が辞任するか否かは辞表が提出された時点で判断されるべきものであるから、原告が一度議長の辞任の事由の有無を検討中であることをもらした後、その検討の結果辞任する事由は存在しないと判断しその旨表明したことをもつて、被告議会の議員をだましたと評価すべきではない。したがつて、本件出席停止処分は、懲罰理由を欠く違法なものである。

(二) 議員の懲罰の対象となる行為は、議院の本会議や委員会における言動に限られ、議院の正式な機関でも会議場所でもない全員協議会における言動は除外されるというべきである。したがつて、本件出席停止処分は、本来懲罰の対象とならない行為を懲罰の対象としたもので、違法なものである。

(三) 原告を出席停止処分に付すことを求める懲罰動議が被告議会に提出されたのは昭和五九年一〇月二九日の臨時議会であるにもかかわらず、本件出席停止処分の懲罰の議決がなされたのは、右臨時議会の会期終了後である同年一二月一四日の一二月定例議会においてであるから、本件出席停止処分は、会期不継続の原則(地方自治法一一九条)に違反する違法なものである。

4  原告は、本件出席停止処分を不服として、昭和五九年一二月一四日地方自治法二五五条の三に基づき佐賀県知事に審決の申請をしたが、同知事は、同六〇年一月二五日これを却下する旨の審決をした。

5  よつて、原告は、本件出席停止処分が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  地方議会の議員の出席停止処分は、除名処分と異なり裁判所の司法審査の対象とはならないから、本訴は不適法である。

2  本件出席停止処分による出席停止期間はすでに経過しているから、本訴は訴えの利益を欠く不適法なものである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  地方議会議員の懲罰事由及び懲罰の種類は、すべて法定されている(地方自治法一三四条、一三五条)から、懲罰をなすに際し、懲罰事由の認定を誤つたり、客観的妥当性を欠く懲罰の種類を選択したときは、裁量の範囲を逸脱した違法な懲罰となることが明らかであり、司法審査ができると解すべきである。本件出席停止処分は、全く根拠のない懲罰事由を掲げ、懲罰手続を無視し、違法であることを承知で敢えてなされたものであるから、まさに懲罰権の濫用ないし逸脱というべきもので、司法審査をなしうる場合にあたる。

また、被告は原告に対し、本件出席停止処分後も原告の実質的な除名を目的として、〈1〉昭和六〇年三月一二日に同年第一回定例会会期全部(同日から同月二八日まで)についての、〈2〉同年四月二七日に同年第一回臨時議会会期(同日一日)の、〈3〉同年六月二一日にも同年第二回定例会会期全部(同日から同年七月五日まで)についての各出席停止の懲罰を絶間なく議決し、原告の議員としての議会活動を実質的に不可能にし、かつ被告はこれからも議会会期ごとにずつと原告を出席停止処分にする旨断言している。なお、〈3〉の処分以降は出席停止処分はなされていないが、これは本訴を含む出席停止処分の無効、取消しを求める訴えが佐賀地方裁判所に提起され、除名に等しいという原告の主張がなされたため、この主張をかわすために敢えて出席停止の議決をなさなかつたにすぎない。以上のとおり、本件出席停止処分は、形式的に個々の処分をみる限りは出席停止とみえても、実質的に一連の経過をみれば除名に等しいものであり、このような除名に等しい出席停止処分は、司法審査の対象となりうると解すべきである。

2  出席停止処分によつて、議会での議決権、発言権ばかりでなく、当該議員の名誉、信用等の人格的利益が侵害され、将来選挙の際懲罰を受けた議員として不利益を被るので、出席停止期間経過後であつても右の人格的利益の侵害を排除する必要があり、かつその排除のための実効性ある措置は判決による無効確認以外にはない。したがつて、出席停止期間経過後といえども訴えの利益が存在すると解すべきである。

四  請求原因に対する認否

請求原因1、2及び4はいずれも認める。

同3中(一)、(二)は争う。(三)のうち昭和五九年一〇月二九日の臨時議会に懲罰動議が提出されたこと、出席停止の懲罰が可決されたのは同年一二月一四日の定例議会であつたことは認めるが、その余は争う。同年一〇月二九日の臨時議会に提出された懲罰動議は、懲罰特別委員会に付託された後、同年一二月一四日の定例議会で同委員会の報告を求めて可決されたもので、議決手続に原告主張の違法はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず、本件出席停止処分が司法審査の対象となるか否かについて判断する。

思うに、被告議会のように自律的な法規範を有する普通地方公共団体の議会においては、当該規範の実現を内部規律の問題として当該団体の自治的措置に任せることが適当であるから、出席停止のような懲罰は司法審査の対象外にあると解するのが相当である(最高裁判所大法廷昭和三五年一〇月一九日判決、民集一四巻一二号二六三三頁)。

もつとも、懲罰のなかでも議員の除名処分は、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題にとどまるものではなく、司法審査の対象となるものと解すべきである(同裁判所大法廷同年三月九日判決、民集一四巻三号三五五頁以下)から、本件出席停止処分をもつて除名処分と法的に同視できるか否かについて検討する。出席停止処分は、当該議員の議会内の活動を制限するものにすぎず、議会外の活動まで制限するものではなく、また出席停止期間中も議員の歳費を受けることができ、議員としての活動が完全に閉ざされるわけではないから、以上の処分の効力からして議員の身分を喪失させる除名処分とはその法的性質を異にするばかりか、成立に争いのない甲第三ないし第九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告に対し、まず本件出席停止処分(三〇日間)がなされた後、続いて同六〇年三月一二日に同年第一回定例会の会期全部(一七日間)についての、同年四月二七日に同年第一回臨時議会の会期全部(一日間)についての、同年六月二一日に同年第二回定例会の会期全部(一五日間)についての各出席停止処分がなされているものの、その後は原告に対する出席停止処分はなされていないことが認められる(以上の認定に反する証拠はない)から、本件出席停止処分を除名処分と法的に同視することは到底できないものといわなければならない。

そうすると、本件出席停止処分は、司法審査の対象とはならないというほかないから、本訴はまずこの点で不適法として却下を免れない。

二  次に、訴えの利益の有無について検討する。

行政事件訴訟法三条四項の無効等確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者でなければ提起することができない(同法三六条)ところ、本件出席停止処分期間がすでに経過していることは明らかであるから、原告は、本件出席停止処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないというほかない。原告は、名誉信用等も法律上の利益にあたると主張するが、懲罰は議会の内部的規律を保持するために行われるものであつて、懲罰の議決によつて議員の名誉信用等が棄損されたとしても、それは議決の直接の効果ではないから、原告の名誉信用等は同法三六条の法律上の利益にはあたらないと解すべきである(最高裁判所第三小法廷昭和五五年一一月二五日判決(民集三四巻六号七八一頁)、同裁判所第一小法廷昭和五七年四月八日判決(民集三六巻四号五九四頁)参照)。

したがつて、原告は本訴を提起する法律上の利益を有しないから、この点でも本訴は不適法である。

三  以上の次第で、原告の訴えはいずれにしても不適法であるから、本案について判断するまでもなく、本件訴えは却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔 森野俊彦 甲斐哲彦)

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